格闘ゲームから離れた理由 ~ “楽しむこと” と “勝つこと” の境界線 ~

GGシリーズを初めてプレイしてから、もう何年経つだろう。初めてプレイしたのはアーケードのGGXで、ある時から夢中になりGGXXGGXX#Rと真剣にプレイしてきた。

実のところ、GGXX/ が稼働された頃からGGシリーズを真剣にプレイすることから離れていた時期がある。あれだけ夢中になっていたのに、毎日のようにプレイしていたのに、離れてしまったことには理由がある。

 

ー 楽しめなくなっていた ー

 

私は “楽しむこと”“勝つこと” は必ずしもイコールではないと考えている。好きでやっているゲームなんだから、楽しまなければいけない。自分の中ではこれが信念であり絶対だ。しかし、真に楽しむためには勝つことも求めなければならない。長い間格闘ゲームをやってきた今そう思う。

  

“負けたけど楽しい” この感覚は、格闘ゲームを真剣にプレイしたことのある人なら誰もが1度は経験したことがあると思う。もちろん悔しい気持ちは残るけれど、充実感に満ちた敗北だ。

この感情が好きだった。対戦相手からそう言ってもらえることが本当に嬉しかったし、自分がそう言える試合が出来た時の充実感は幸せだった。勝敗を決めなければならない分野において負けた側がそう言えるのは、自分の力を出しきることができ、納得した上で相手を讃えることができたからだろう。それはお互いがお互いを認め合うことができるし、またやりたいと思える。このサイクルこそ対人の醍醐味だと思っている。

 

話を戻そう。私が格闘ゲームから離れた理由である “楽しめなくなっていた” 感覚。昔よりも勝てるようになっているのにそう感じるようになっていた。いや、正確には “勝った” という感覚以外の楽しさがわからなくなっていた。

 

ゲームの仕様も分からないけど楽しかったあの頃。好きなキャラクターを格好良く操作してみたかった。練習したことが実践で出来るだけで嬉しくて益々夢中になった。勝てなくて、勝ちたいと思うようになった。そしていつからか、勝つことだけを求めるようになっていたのだ。

 

当時の自分が考える強さとは、一方的に完膚なきまでに抑え込むことだった。ある種恐怖心にも似た圧力を相手にかけ、先手を取り相手の自由を封じ込む。勝つためならこれは正解の1つだろう。ただある時ふと思った。「これをやられている方は楽しめているのか?」と。

勿論、同等のレベル以上の相手ならそんなことを考える余裕はない。しかし当時は人口も非常に多く、やり続けた経験値から自分もある程度強くなることができていた。そのため全体数から見てもそこそこ勝てるようにはなっており、ゲーム性も加味して一方的になり易い試合というのが多かった。

 

自分が練習してきたことを披露することができない試合もあるのにお金を入れて対戦を続けてくれる。そして自分は “分からせる” かのようなプレイをし続ける。自分のやりたいことを押し付けるだけならCPUでもいいはず。それなのにそれを人間相手に求めてしまう。それはエゴであり、優しいものではないだろう。

そう考えた時、凄く虚しくなった。格闘ゲームを夢中でやり始めた “楽しい” という感覚から程遠い。楽しいからやっていたものが、勝つこと “だけ” に意識が向いたことで、自分に取って( おそらく相手にとっても )100%楽しいものではなくなっていたのだ。

 

そうやって始めた頃に感じていた面白さが分からなくなり、自然と離れ、やらない時間が何年も続いた。ACやAC+Rなどが出て、時々触ってはいたけれど昔のように本腰を入れてプレイすることはなかった。この頃はあくまでも楽しんでプレイすることだけを意識していた。

GGXrd Signの家庭用発売をきっかけに改めてやり込むようになったけれど、あの時の気持ちは今も忘れずに大事にしている。何かを始める際に生まれたポジティブな原動力は大切にしてあげなきゃいけない。矛盾しているようだけど、楽しみ続けるためにしなければならない努力もある。

 

ACの頃にミカドでシングル大会に出た時の動画。押田さんとの試合後にお互い「面白かった!」という言葉を掛け合えたのを覚えてる。

 

格闘ゲームだけじゃなく、何かに夢中になっている人は、その人がそれを “楽しい” と思っているからやっている。その楽しいは純粋で貴重な感情だ。ちょっとした自分の成長で楽しめる人だっているだろう。お気に入りのキャラクターを操作できることが楽しくて続けている人もいるだろう。勿論、勝つことが楽しいと思う人だっているだろう。

幸いにも今は情報が多い環境で、調べれば情報は出てくるし、ちょっと勇気を出せば教えてもらうことだって出来るだろう。反面、伸び悩んでいる人にとっては自分を何かと比較し易い環境にもなっていると思う。

決して焦らないで欲しい。そして自分の “楽しい” に純粋であって欲しい。できなかったことができるようになった時の “楽しい” を思い出して欲しい。“自分にとっての楽しい” を貫き通せば結果は後から付いてくる。そして自身の楽しいが実った時、それは魅力的なプレイスタイルや結果となって返ってくるものだと思います。